カンタータ日記・奥の院

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zoom RSS 蕭白VS若冲、がっぷり4つ、両者一歩もひかずに取り直し?〜「山水に遊ぶ」展・総括

<<   作成日時 : 2009/05/23 11:52   >>

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 府中の森公園の府中市立美術館で行われていた、

 山水に遊ぶ 江戸絵画の風景250年 展


 4月の始め、お花見を兼ねて観にいったところ(前期展示)、そのあまりの内容にぶっとび、
 これは、展示替えもかなり行われるらしい後期展示もぜひ観なければと、今度は連休中に、大国魂神社くらやみ祭見物も兼ねて、再度行ってまいりました。

 今回は、その総括です。



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 江戸絵画はちょっとしたブームのようで、最近やたら展覧会が多く、うれしい限りですが、
 これは、風景画(広義の「山水画」。空想含む、というか、実は空想がやたら多い)に焦点をあてた、ユニークなもの。

 実際に観てみると、期待に違わぬおもしろさ。
 江戸絵師の底抜けの天才振りを、目の当たりにすることができました。


 どの絵も、とにかく、とびぬけておもしろい。

 着想自体、どうしたらこんなこと思いつくんだ、とあ然としてしまうようなものも多く、その上、それらのテーマを、それぞれの絵師が、その絵師ならではの独特かつ個性的なタッチで見事にビジュアル化しているのだから、おもしろくないわけがない。
 SF絵画?空想画展だったか?と思わず勘違いしてしまいそうな作品多し。
 ほんとは、一つ一つの作品について細かく感想を書いてご紹介したいくらいなのですが、きりがないので、ここではやはり、この展覧会の目玉でもある、

 蕭白VS若冲、「山水画」対決

 を中心に、
 せっかくの新ブログなので、あまり容量を気にせずに、画像をたくさんのせながらまとめてみたいと思います。
 

 展覧会に行かれなかった方も、雰囲気だけでも味わっていただけたら、と思います。



 曽我蕭白 (1730〜1781)

 伊藤若冲 (1716〜1800)


 わたしは、

 蕭白は、浮世離れした、仙人みたいなものすごいおじいさん、
 若冲は、天真爛漫な天才肌の青年、

 みたいなイメージを持っています。

 これは、もちろん、それぞれの作品等から受ける、わたしの勝手なイメージにすぎないのですが、
 実際には上記のとおり、若冲の方が先輩、しかも、かなり長生きしたため、蕭白の活躍した期間は、若冲の活躍した期間にすっぽりおさまるかたちになります。


 ちなみに、応挙や蕪村、長沢芦雪など、さらには浮世絵界の大バッハと言うべき春信の生涯も、すっぽりと若冲の生涯の中におさまります。

 みんな、ほとんど同じ時代に活躍していたわけです。まさに百花繚乱、江戸時代後期の絵画の、驚くべき裾野の広大さをあらためて思い知らされました。

 あまり関係ないですが、「大バッハ」と言えば、バッハのケーテン時代とライプツィヒ時代、そしてモーツァルトの全生涯も、若冲の生涯に重なります。
 若冲とバッハが同じ時代に生きていたというだけで、なんだかどきどきしてきますね。

 ・・・・ふつうは、しないか。


 この2人、いまや江戸絵画の超個性派代表として、絶大な人気を誇っていますが、
 若冲に関しては、極限的なまでに細密な、あるいは逆におどろくほど自由かつ大胆にデフォルメされた花鳥画、
 蕭白に関しては、一度見たら絶対に忘れられず、必ず夢に出てきてしまうくらいに不気味な人物画、
 あたりが、とにかくあまりにも個性的で、どうしても真っ先に注目されがち、
 どちらも、風景画、山水画については、後回しにされてきたところがあります。

 でも、そこは、この2大巨匠、風景画に関しても当然一筋縄でいくはずもなく、とにかくすごい。
 しかも、いつもとはちょっとちがうジャンルの同一土俵上で、両者を並べることで、両者の特徴、本質が明確に浮き彫りになり、純粋な比較がしやすくなったような気がする。

 さて、この普段とはちょっと異なる分野での、2大巨匠(変人)対決、その結果は・・・・?
 

  
 まずは、やはり、若冲のこの作品から。 

 破天荒な作品が多い中でも、とにかく一番びっくりしたのが、何といっても、これ。
 何じゃ、こりゃー、と、一瞬自分の目を疑ってしまったほど。
 前期展示。


 若冲 「石峰寺図」


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 * 上の全体画像は、美術展のチラシに出ていた小さなものをスキャンしたので、
   あまりきれいでなく細部も不明瞭でわかりにくいです。
  
   この絵に関しては、下の方に、大きくて見やすい画像(部分)を貼り付けましたので、
   以下の感想等をお読みになっていただいた後で、ぜひご覧になってください。



 若冲最晩年の作品。

 彼が晩年に隠棲していた京都・石峰寺の風景だと言うが・・・・。

 ????

 時代を飛び越えた感性、タッチに、しばし、絵の前にぼう然としてしまいました。
 若冲のすごさは十分知っているつもりでしたが、まさか、これほどだとは。


 ところが・・・・、です。

 この展覧会をじっくりと観ているうちに、この絵がそれほど奇妙なものではない、ということが、わかってきました。

 
 たとえば、次の絵、

 本場中国直伝の「正統的」山水画の大家、池大雅の傑作。
 彼は最新の西洋画の技法も取り入れ、「現実味あふれる」数々の風景画を残したのですが、


 池大雅 「西湖勝覧図屏風」 (部分)
  
 
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 ここに描かれているのは、中国杭州の西湖、
 はるか異国の仙境、理想郷として、常に山水画のテーマとなってきました。
 この池大雅が描くところの西湖勝覧、のびのびとして美しい、実に自然な風景です。
 妙なところなんか、まったくない。

 でも・・・・、よく見てください。

 不思議な形の門や塔、広大な池、ぽつぽつと浮かぶ島、
 その間を、さまざまな形の橋が、延々と連なっている・・・・。

 そうです。
 そのほとんどが、上の妙な絵の中に若冲が描いているものばかりです。
 つまり、若冲は、永遠の理想郷である西湖などの山水の世界を、自らの終の棲家である石峰寺と重ねあわせたにすぎないのです。

 若冲にとって、石嶺寺は、その長い生涯の最後にたどりついた理想郷だったのでしょう。

 
 それでは、この若冲の理想境に描かれている、夥しい数の、ムーミンに出てくるにょろにょろみたいなものは?

 これは、かんたん。
 
 若冲は、石嶺寺の境内に、自らデザインして、五百羅漢石像を安置しました。
(わたしは残念ながらまだ見ていませんが、写真で見る限り、とても「まるっこい」ユニークな石像群です)
 絵の中のにょろにょろこそ、この五百羅漢に他なりません。
 数えたら、ほんとに500人いるんではないでしょうか。若冲はそういう人です。
(めんどうなので、わたしは数えません。ちがっていたら、ごめんなさい。)


 「石峰寺図」

 これは、若冲が最後にたどりついた仏の世界、というわけなんですね。
 

 * さあ、お待たせいたしました。
   ぜひ、次をクリックした上、拡大(絵の右下をクリック)してごらんになり、
   ゆっくりと、この世のものならぬ、若冲の心の中の「石峰寺」を散策してみてください。



 拡大・1(門の外・右側)

 拡大・2(門の内・左側)


   亀の甲羅に乗ってサーフィンをしてる羅漢
   池に浮かべたビーチマットに寝そべっている羅漢
   「何ですかー?」と言っている仁王様

   などなど、見つかったでしょうか?



 その他の若冲の作品。


 若冲 「石灯篭図屏風」 (下は右隻)


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 拡大図 (こちらは左隻の一部分)


 こちらは堂々たる超大作で、この展覧会の一番の呼び物になっていました。
 それにしても、ここはいったいどこなのか?
 石灯籠と向こうの山々との間の、霧の中には、いったいどんな風景が隠されているというのか。



 インターバル〜若冲・蕭白以外の、厳選お気に入り3点


 長澤蘆雪

 蓬莱山を描いた絵らしく、鶴と亀がゾロゾロゾロゾロ・・・・。

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 蕪村北斎の描く清々しい水。

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 あとは、おなじみ司馬紅漢の、「擬洋風」絵画も、もちろん多数登場。



 次は、いよいよ、蕭白

 後記展示で、ついに登場、なんと、重要文化財、


 蕭白 「月夜山水図屏風」


 六曲一双のうちの右隻

 * 左右それぞれ拡大できます。
   しばし蕭白の驚くべき世界をさまよってください。

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 六曲一双のうちの左隻

 * こちらも左右それぞれ拡大できます。

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 巨大な画面の中のすべて、この世の新羅森羅万象が、淡く静かな月光(それにしても、世界の大きさに対して、中月の小さいこと。)を浴びて、あたかも宝玉のごとく硬質に結晶化してしまったかのような、この世のものならぬ情景。

 真っ先に思い出すのは、バラードの「結晶世界」
 あの恐ろしくも美しき、抗し難い魅力を持つ世界。

 一面の灰色の世界の中、ところどころに、ごくごく限定的に彩色された、まさに宝石のようにきらめく赤、白、青、などの色彩。
 あたかも、そこここに不思議な灯りがともっているかのよう。


 しかも、ふつうだったら、適当なところでぼやかす細部を、極限まで描きつくしている。

 全体をみわたせば、目の前に広大な宇宙が広がるかのようなすさまじい迫力。

 転じて細部に目をやると、どこまでもどこまでもその宇宙の中に深く細かく入っていける。

 山の奥深くの小さな小さな家、その家の中に佇む人物、窓のそばの、路傍の草の一本一本、そのすべてが見える。そして、驚いたことに、その細かなすべてが美しい。
 まるで、大容量のデジタル写真を思わせる。

 この絵を見ることは、厳然と存在するひとつの世界に入り込むことでもあります。



 以上、出展作品の中から、蕭白と若冲の代表作を見てきましたが、
 おわかりのように、若冲も蕭白も、とびぬけて個性的ではあるものの、結局は、同じものを、それぞれの感性で描いているだけのことなのです。


 若冲の発想やデフォルメの才能は、確かに時代を超越していて、すさまじいものがあります。
 ただ、もしかしたら、画家として見た場合、広い世界には同じように描ける人はいるかもしれない。
(もちろん、なかなかいないでしょうけれど)


 でも、蕭白のこの筆使い、これは無理です。
 おそらく、誰も、まねできない。


 蕭白は、そんな他に並ぶものの無い筆力のほとんどすべてを、みょうちくりんな人物や生き物を描くことに捧げた。
 まあ、それはそれで、すごいんだけど。



 そして・・・・、

 そんな蕭白が、おそらく最後に到達した、
 絶対無二の山水世界。
 前期展示にありました。


 蕭白 「山水図押絵貼屏風」 


 * 拡大して、12の極限的美の世界に包まれてください。

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 上記のような特徴ゆえに、蕭白の場合、やはり実物を見ないと、そのすさまじさが120%伝わってこない、
 という部分はあるのですが・・・・。



 美術館の風景


 4月のオープンテラス。桜吹雪。

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 5月。雨の庭に面したカフェ。雨に洗われる新緑。

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 ☆ お知らせ掲示板に貼られていた展覧会ポスターのうち、気になったものをピックアップ。


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 デュフィ、やってますね。



 <おまけ>


 この展覧会では、上の蕭白の大傑作、「月夜山水図屏風」と、まったく瓜二つの絵が出展されていました。

 倉屠龍(くら・とりゅう)、という画家の、「山水図屏風」です。


 蕭白の作品の模写と思われ、山や岩、滝や湖、木々や建物や人物までも、配置がまったく同じ。

 ただ、蕭白の作品が月夜の場面なのに対して、こちらは、まだ明るい時分。

 蕭白の、北宋画の極北に位置するような傑作を、いきなりそのまんま南画に変換してしまったような、
 宇宙的とも言える蕭白の名作に唯一足りなかった、やわらかさ、あたたかさ、みたいなものを、あえて強調して前面に押し出した、やさしいタッチ、緑を基調にした癒し系とも言える画面。

 空には虹まで架かっている。

 これはこれで、なかなか良い絵だと思う。


▽ 上、蕭白、下、屠龍 


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 この倉屠龍、この作品以外は知られていない、なぞの画家、とのこと。

 記録として残っているのは、「平安人物志」という当時の京都の名士録に、蕭白の後にのっているだけだそうです。

 龍を屠る?蕭白の字名は師龍ですが・・・・。

 弟子、子ども、まさか、本人?

 何と言っても、蕭白の作品は、重要文化財。
 当然、屠龍の方が模写したと思われてますが、あるいは、蕭白の方が、模写した?
 だとしたら、すっごい模写ですが。

 いろいろと想像がふくらみます。



 虹と言えば、蕭白にも美しい虹の絵があります。(この展覧会には出ていません)

 「富士三保松原図屏風」。

 おしまいに、それをのせましょう。

 やはり、屠龍作品、蕭白へのオマージュなのか。



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 最後に、この「山水に遊ぶ 展」、このようになかなか気合の入った企画の展覧会でしたが、
 展示替えが多く、ここにあげた若冲や蕭白、さらには倉屠龍の作品などが、直接比較ができなかったのが残念。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
とうとう前期も後期も行かれませんでしたが、Noraさんの丁寧な説明が何よりでした。
自分が観に行ってもただ漠然と見ているだけですから、かえってこの方がいいかも(笑)しれません。
この画家たちについてはBSで一人一人特集が組まれていました。
それさえも何も私の頭に残っていないのですが、曽我蕭白だけはインパクトの強い画家で印象的でした。
江戸時代のこの頃こんなに同時代にいたとは思いませんで、印象派の時代のようです。
仏像、建築だけでなく、江戸絵画も随分勉強されていますね。
tona
URL
2009/06/05 08:25
 tonaさん、こんばんは。
 蕭白というと、やはり「ぎょっとするような」人物画が有名ですけれど、今回の展覧会で、晩年の正攻法の風景画がびっくりするほど美しいことを思い知りました。
 一応代表作はのせましたが、こればかりは、実物を見ないことにはそのすごさがほとんどわからないので、残念です。

 tonaさんがおっしゃるように、天才というのは、同時に多数出現することが多いようで、おもしろいですね。
 音楽だと、ルネサンスやバロック、古典派の時代などですね。時代が必要とするためでしょうか。

 日本絵画においても、江戸後期は、安土桃山時代に次ぐ天才量産期のようです。調べてみると、名だたる絵師のほとんどが同じ時期に活躍していて、びっくりしてしまいますね。
 また、印象派などの場合は、おたがいに影響を与えつつ発展していったところがありますが、この江戸の天才たちは、春信も蕭白も若冲も、それぞれがバラバラに、まったく独自の画風を展開していったところが興味深いです。
Nora
2009/06/06 03:27

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