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zoom RSS 大阪・奈良旅行記18−北船場の和風建築 愛珠幼稚園、小西儀助商店〜お気に入りの建築・浪花特別編

<<   作成日時 : 2009/07/27 22:08   >>

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土佐堀川の南側、地下鉄駅でいうと北浜・淀屋橋・堺筋本町・本町が含まれる周辺を北船場(きたせんば)といいます。

現在はオフィス街のこの地域、江戸時代には商都大阪の中心地であり、豪商たちの大店が軒を連ね、見る者を圧倒する豪壮な街並だったようです。
さらには、明治以降、すばらしい近代建築物も次々に建てられ、独特の街並みを形成してきました。

これらの多く、とくに古い木造建築物などは、第二次世界大戦の大阪大空襲により、壊滅的に破壊されてしまいましたが、奇跡的に戦禍を免れた貴重な建物もいくつか残っています。



そのひとつが以前ご紹介した適塾(=旧緒方洪庵住宅)です。

江戸時代末期築、国指定の重要文化財。
大阪市中央区北浜3丁目



そして、適塾に隣接して、ちょっとびっくりするような建物が建っています。


大阪市立 愛珠幼稚園(おおさかしりつ あいしゅようちえん)

1901年(明治34年)築、国指定の重要文化財
大阪市中央区今橋3丁目

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どこのお殿様のお屋敷じゃ、と問いたくなるような立派な日本家屋ですが、この建物は、1901年(明治34年)に竣工、以来100年以上使用されている、今も現役の(!)幼稚園の園舎です。

2007年、園庭の廻旋滑り台および園舎は、国の重要文化財に指定されました。
現存する幼稚園園舎としては日本最古なのだそうです。

なんと当時の主席保母さんが建物の原案をつくり、それを受けて文部省技師の指導のもと、大阪府の技師が設計したそうです。
「御殿風」と呼ばれる様式なのだとか。


鬼瓦に「愛」の文字が。

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正面(南側)の門(塀重門(へいじゅうもん)といわれる構造)

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西側側面:南から北方向を見る

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西側側面:北から南方向を見る

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側面には長く塀が連なり、ずいぶんと広い敷地のようです。
外観だけでも目を奪われますが、内部もとても凝ったつくりのようです。

大阪市HPや、大阪府教育委員会文化財保護課が作成したHPによれば、

遊戯室は二層吹き抜けの大空間、三面に二階式回廊を巡らせ、天井は格天井(ごうてんじょう=角材を格子に組み、裏板を張ったもの)、中央にはアール・ヌーヴォー調のシャンデリアが取り付けられている。

・・・とのこと。子どもたち、そんなすてきな大空間で遊んでいるのか。

大阪市教育委員会主催で、年に何度か内部を一般公開しているそうですが、わたしが行った日のほんの数日後が公開日でした。
惜しい。中も見たかった。


愛珠幼稚園は、園舎についてだけではなく、教育機関としての歴史も古く、この場所に建てられるより前、1880年(明治13年)に民間(大阪東区道修小学校連合町会)の手によって開園しました。
現存する幼稚園としては、日本で三番目、大阪では最も歴史が古く、民間が開設した幼稚園としては最古なのだそうです。
さすが商都大阪の中心地、教育意識の高さに驚きます。



門の前には「銅座の跡」の碑がたてられている。
大阪の銅座は銅の取引を管理するために1766年に設置された組織。
江戸時代、銅は長崎から輸出されており、大阪では各地の銅山から銅を集め、精錬、長崎への海路による運搬まで行っていたそうです。

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適塾や愛珠幼稚園のある場所より南方に、道修町(どしょうまち)という、「薬の町」として知られた地区があります。
江戸時代初期から薬種商(薬の原材料取引商)が数多く住んでいましたが、1722年には薬種中買仲間が幕府公認の株仲間となり、中国やオランダから輸入された薬種を一手に買い付け、薬種の真偽や品質、量目を検査し、日本全国へ販売していました。
小さな問屋や小売商も含めると、おびただしい数の薬種商が商売をしていたようです。
現在でも数多くの薬品関係の会社がオフィスを構えており、江戸時代創業の製薬会社も複数あるようです。



そんな薬種商の店舗兼住宅のひとつが今も残っています。


旧小西儀助商店・旧小西家住宅(現コニシ株式会社)

1903年頃(明治36年頃)築、一部(衣装蔵)1912年築(明治45年)
国指定の重要文化財(一部(三階蔵)登録有形文化財)
大阪市中央区道修町1丁目


建物の西側、堺筋からみたところ
近代的なビルのあいだに、ドド〜ンと圧倒的な存在感を放って建ってます。

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上の写真の右側(建物の南面)が店舗の正面

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江戸時代に、初代儀助が京都から大阪道修町に移り、小西屋の屋号で薬種業を創業、この建物は二代目小西儀助が明治時代に建てたもの。
表通りに面して店舗棟、その奥に住居棟が連なっているつくりを表屋造り(おもてやづくり)といい、伝統的な町屋造りだそうですが、とにかく奥行きが長い。


西側側面全体
写真の左端の高くなっている部分が衣装蔵。それより右側は全部主屋(店舗&居室)。
衣装蔵の後方に二階蔵、三階蔵が建っているようです。

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現在でもかなり大きな建物ですが、明治44年には堺筋の拡幅のため、建物の西側部分が切り取られ、さらに大正12年の関東大震災後に、地震の影響を恐れて三階部分を取り外したのだそうです。
大店の建ち並ぶ明治期の道修町でも、ひときわ大規模な商家だったようです。
江戸・明治期の北船場の街並みを想像させます。

内部は非公開ですが、たまに見学会や、アートイベントなど開かれるときがあるようです。

ところで、この建物の現在の所有者・管理者であるコニシ株式会社は、薬種商・小西屋の後の姿でありますが、今は木工ボンドの製造・販売で著名な会社なのだそうです。
明治期には、ビールやウィスキーなどの製造・輸入・販売等おこなっており、最初につくった「アサヒ印ビール」はアサヒビールの前身だとか。おもしろい。
(コニシ株式会社のHPの年表より)



町に設置された、薬の町・道修町の説明看板(左)と、
ビル街の狭間の境内が印象的な、薬の神様・少彦名をまつった少彦名神社への入り口(右)

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 少彦名命は、ここでは薬の神様ですが、大阪では、広く大切にされ、信仰されているようです。
 少彦名神社、少彦名命については、またあらためて。



参考:国指定文化財等データベース(文化庁)他


 
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重要文化財建造物に指定されている「大阪市立愛珠幼稚園」園舎は
2009年10月24日(土)に一般公開を行います。
事前申込不要です。
当日は、13時から16時の間、おおむね30分に1回、学芸員による建物の解説(10〜15分)の後、
世界的に貴重価値の高い「イルムラーピアノ」の演奏(約5分)をお聴きいただきます。
園内の写真撮影は禁止されていますが
ぜひお越しください。
あずき
URL
2009/10/06 00:18
 あずきさん、貴重な情報ありがとうございます。
 現役の幼稚園なのに、内部を見せてくれるとは、ありがたいです。イルムラーピアノというのも初めて知りました。
 遠方ということもあり、わたし自身は今回は行けそうもありませんが、
 お近くで興味のある方はぜひ!
Nora
2009/10/07 23:02

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