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平等院には、鳳凰堂以外にもたくさんの建物があり、鳳凰堂本尊・丈六阿弥陀如来座像以外にも、たくさんの魅力的な仏像が伝わっています。 最後に、それぞれで拝観できる仏像をあげながら、塔頭も含めた鳳凰堂以外の建物を回ります。 鳳凰堂や阿寺池からなる浄土庭園を時計回りに回っていくと、さまざまな寺宝をおさめたミュージアム・鳳翔館の入り口にいたる。(平等院の拝観料で拝観可能) 鳳翔館。古墳みたい。 左、入り口。緑の丘の中腹に入っていく。 右、出口。丘の上に建つ建物から、坂を下ってくる形。 何よりもここでは、特別に設けられた広い展示室全体に、飛びまわるように配置された、全体の半分、26体の雲中菩薩像を、すぐそばでじっくりと拝観することができる。 即成院の二十五菩薩もすごかったが、やはりこれもすごい。 あの楽しげな即成院二十五菩薩を、さらに自由に、いっせいに空中にはじけさせたかのような躍動感がある。 一体一体の、表情、ポーズ、実にさまざまな種類の楽器などの持物、雲の形などなど、これらの菩薩に囲まれて、いつまでもいつまでも菩薩たちの姿をながめ、菩薩たちの奏でる音楽を聴いていたくなる。 その他、仏像の部屋には、 観音堂本尊の十一面観音立像、同じく観音堂の地蔵菩薩立像、浄土院の伝帝釈天立像など、 どれもおだやかな表情を浮かべた、おおぶりな平安仏が立ち並んでいて、壮観。 もとの材木の形をそのまま生かした、素朴な造形の最勝院の女神座像は、小さいながら厳かな雰囲気が印象的。 あまりにも有名な鳳凰像は、近くでよく見ると、顔は妙に生々しいのだが、体(特に翼や尾の部分)は、幾何学的な各パーツがネジのようなものでとめられているのがよくわかり、まるで、未来的なロボットみたいなのがおもしろい。 名鐘中の名鐘、天下の三名鐘の一つ、「姿の平等院」とたたえられた、国宝・梵鐘も、実物を間近で見ることができる。 かつてその鐘がかかっていた鐘楼も、鳳翔館のある丘の上に建つ。 鳳翔館の出口付近には、緑の中に石を配した小さな庭園があり、縁台で休むことができる。 丘の上なので、鳳凰堂の屋根を見下ろすことができ、緑の間をさわやかな風が渡り、 盛りだくさんで密度の濃い宝物館展示を見た疲れを癒やすのに最適。 鳳翔館から境内に下りる下り坂から、美しい緑の中に佇む塔頭が見える。 浄土院付近 桃山城の遺構、重文・養林庵書院の美しい屋根が見える。 浄土院 浄土院の見どころは、何と言っても、救世船乗観音。 江戸時代から篤い信仰を集めていたが、戦後のどさくさの中盗難にあってしまった。 厨子のみが残されていたが、最近になって忠実に復元された。 船に乗っているので、まるで長い旅から帰ってきたかのようだ。 羅漢堂 和様の殿堂、平等院の中にあって、極めて異色とも言える、十六羅漢像を祀る純禅宗様建築。もちろん江戸時代の建立で、都名所図会にのるほど人気を集めていた。 小さい堂の中をのぞくと、迫力満点の顔をした羅漢様たちでびっしりと埋め尽くされており、まるで、うごめいているようなすさまじさ。 少し前に見たばかりの狩野一信の五百羅漢が立体化したかのようで、思わずぎょっとした。 最勝院・不動堂 制作年代等は確認できなかったが、なかなか堂々とした不動明王立像が安置されている。 また、最勝院には、宇治川の合戦で戦死した、頼政と初代通圓(前回の記事に登場)主従の墓もある。 この付近の建物は、細部の意匠がすばらしい。 観音堂。 周囲をたくさんの花々に飾られている。 鳳凰堂に比べると、簡素だが、堂々たるフォルムの、質実剛健な鎌倉建築。 宇治川の流れがすぐ傍まで来ていたようで、かつては、釣り台がついていたという。 正面に、まるで土仏のように素朴な十一面観音?立像。 かつての本尊はさきほどの鳳翔館に安置されているので、これは? 何と言ってもここでの最大の見ものは、平安時代の不動明王立像。 小さいながら、橋寺の不動明王にも共通する、ふくよかで素朴、何ともおおらかな不動明王。 内部の仏像も含め、まるで奈良の寺院を思わせる佇まい。 わたしにとって、平等院の中ではここが一番落ち着く場所かもしれない。 帰り道。 かおり風景100選・平等院表参道 上林記念館 これまた秀吉に重用されて名声を得て以来、江戸時代を通じて宇治の茶頭取をつとめた上林家は、お茶師の伝統を今も守り続けている。 古い建築が多い。 これは、現役の内科医院。 JR奈良線宇治駅前のポスト。 今回、あらためてじっくりと平等院を観たわけだが、 これによって、 道長創建の幻の巨大寺院、法性寺の唯一の忘れ形見、東福寺同聚院の康尚作丈六不動明王坐像、 その子頼通の平等院鳳凰堂(定朝作の丈六阿弥陀如来坐像&雲中供養菩薩像)、 さらにその子橘俊綱の泉湧寺即成院の阿弥陀来迎二十五菩薩像、 ・・・・と、 末法の世を迎えた大貴族、藤原家三代にわたる浄土へのあこがれの名残りを、すべて観たことになる。 それらは、はじめはもちろん、極めて個人的な日想観のための装置にすぎなかったかもしれないが、 やがて時代の流れの中で、その悉くが、一般市民の大きな心の支えとなり、現在にいたっている。 これにて、足かけ2年にわたったJR奈良線各駅停車観仏の旅、とりあえず一段落。 ▽ 宇治川を渡るJR奈良線 |
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