大阪・奈良旅行記6-これぞ「浪花の華」、造幣局・桜の通り抜け

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 4月20日(月)



「浪花の華」を巡る旅、2日目には文字通りの本当の華、桜を見物に造幣局に。

浪花の春の恒例行事、桜の通り抜けは、今年は4月15日~21日。ぎりぎり間に合いました。


造幣局は大川(旧淀川)沿いに位置しています。

天満橋を北側へ向かって渡る。

天満橋から天神橋方向を見たところ。左側、船が見えるあたりは八軒家船着場。
平安時代にはすでに港があり、江戸時代には大阪水運の要として、おおいに栄えた場所なのだそう。

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緑の木々で覆われているのは南天満公園。
ここも含め、大川の両岸には桜並木が4kmも続いており、ほんの2週間前には満開のソメイヨシノで
埋め尽くされていたらしい。

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橋の北側にわたると、川岸は出店でいっぱい。

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造幣局の南門を入ると…

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桜と人でいっぱいだ~!

さすがに平日の昼前なので、人出の方は歩くのに支障がない程度だが…、
桜の方は想像以上。
あとで造幣局のHPを見たら、348本126品種だとか。
こちらは、ソメイヨシノではなく、「見て歩く桜百科事典」みたいな感じなのです。



毎年、1品種を選んで「今年の花」として紹介しているとのこと。2009年はこれ。

平野撫子(ひらのなでしこ)
(冒頭の写真の桜もこの品種です。)

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中にはこんな桜も。
御衣黄(ぎょいこう)
花が黄緑色!紅色やピンクの花々に囲まれた中で、ひときわ爽やかなかわいらしさ。
フルーツみたいな、とてもいい香りがする。

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普賢象(ふけんぞう)

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左、関山(かんざん)  右、静香(しずか)

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左、鍾馗(しょうき)  右、九重(ここのえ)

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左、松月(しょうげつ)  右、妹背(いもせ)

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紅手毬(べにてまり)。もしゃもしゃ。

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1本1本に品種名と説明の書かれた木札がたてられていたのですが、あとで写真を見たらもうどれが何だか
わからない。


バラのように華やかな桜が次々現れる。


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通り抜けの道を半分以上進むと、建物が見えてくる。


造幣博物館

この時は休館中でした。手前の機械(?)はいったい何でしょう。                

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造幣局建物、手前の桜は松月(しょうげつ)

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創業当時のガス灯

造幣局が創設されたのは明治4年(1871年)。
この時、貨幣を鋳造するための機械燃料用ガスの余剰分を利用し、正門・工場はじめ、局内の街路や
官舎の照明として、構内にガス灯686基を設置。  

日本で、本格的な西洋式ガス灯が街灯として設置されたのはこれが初めてで、あまりの明るさに大勢の
見物人が押し寄せたそうな。
ガス灯発祥の地は横浜だと思い込んでいたので意外。大阪、すごいな。

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旧正門

こちらも明治4年、創業当時に設置されたもの。

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藤棚

明治天皇が行幸された際、生け花として使ったものを挿し木して育てたところ、根付いたものとのこと。
生け花が樹齢100年をこえる古木になるとは!

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桜の通り抜けが始まったのは明治16年(1883年)、当時の造幣局長が「役人だけではなく、市民と
一緒に花見を楽しもう」と発案したのがきっかけ。
第2次世界大戦中に一時中断されたものの、明治、大正、昭和、平成と、120年以上もの間、大阪の
人々を楽しませてきました。
その間、大阪大空襲で半分以上の桜が焼失したり、大気汚染の影響により多くの桜が枯死する、など、
いろいろな危機もあったようですが、その都度、関係者たちは、多くの努力をはらい、この桜の道を復興・
維持してきたとのことです。



造幣局の建物の向こうは北門。

560メートル続いた桜の道はここでおしまい。

桜がすばらしいのはもちろん、見るべきものも盛りだくさんで、
これぞ、天下の観光地、という感じでした。 



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