石油の国・新潟が生んだ石油王の心意気。新津記念館~’11新潟建築探訪1

 昨年の9月に、新潟を訪れた記事の続きです。



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 これまで見てきた、財閥や個人の洋館邸宅の中で、時代や様式は異なれど、前回の岩崎邸に匹敵するものとして、真っ先に思い出されるのが、新潟の石油王、新津恒吉邸のゲストルーム(現新津記念館)。

 数ある豪商の洋館邸宅の中でも、ずば抜けた完成度を誇るのが、これ。

 これだけ豪壮で、しかも上品で、センスがよいものは、日本中探してもそうはないのでは。

 岩崎邸は、外観はともかく、内部はけっこうスキだらけで、それがけっこう落ち着いた魅力にもなっているのだが、こちらの方は、外から中まで、ほんの少しのスキも無い。全体が究極の工芸品のような大建築。 



 新津記念館(もと新津家外国人迎賓館)


  国登録有形文化財

  鉄筋コンクリート造地下1階地上3階塔屋付
 
  昭和13年 竣工

  設計施工 清水組

  (以上、洋館部)


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 昭和の石油王、新津恒吉(昭和シェル石油の母体の一つ、新津石油創業者)によって建てられた。

 恒吉は、石油精製を通じて新潟の産業振興に全生涯を賭け、大成功して莫大な財を成したが、一人一業主義を貫き、私財のすべてを投げ打って、愛すべき新潟の地に、公会堂と外国要人を迎えるための迎賓館を建設した。
 
 その迎賓館がこの建物だが、完成の翌年に本人は亡くなってしまったので、本人がこの建物に客を迎えたことはただの一度も無く、また戦後には、例によってGHQに接収されたしまった。



 新潟観光には、 
 新潟市観光循環バス「ドカベン号・犬夜叉号」が便利。

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 居住部分の正面玄関と城郭のような石垣。

 丘の上、さらにこの石垣の上に、市内を見守るように、新津邸は建っている。

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 正面玄関から続く白亜の美しい通路。

 現在は、この道は、通行禁止。

 石垣のわきの道を登り切ったところに、ゲストハウス用の木造のりっぱな門があり、そこから敷地内に入る。

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 敷地内、前庭に入ってすぐ、目の前に現れる堂々たる建物エントランス面。(北面)

 それほど大きな建物ではないが、威風堂々たる大建築の佇まい。
 建物の大きさの割には巨大な車寄せが風格を感じさせる。

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 反対側から。

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 玄関部

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 写真だとわかりにくいが、すでに玄関ホールからして、天井、壁面の漆喰模様が美しい。(左)

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 建物内部の写真は、ここまで。

 
 岩崎邸と同じく、撮影OKだったら、いくらとってもきりがないだろう。

 1階、壮麗な大広間とサンルームの他、家具、調度品も含め、イギリス風装飾でびっしりと埋め尽くされた応接室「イギリスの間」。

 2階、ステンドグラスが美しい階段広場と、「フランスの間」、「日本の間」。

 3階、最上部の小部屋である「ドイツの間」。

 内装、特にイギリスの間とフランスの間の豪華さ、密度の濃さは、さすがの岩崎邸も一歩ゆずるのでは。
 わずかなスキもないのに、まったく嫌味でなく、すべてが超一流の品格をたたえ、それぞれのコンセプトのもと、見事な調和を見せている。

 見れば見るほど新たな発見がある、究極の「豪邸」。

 

 車寄せから、中庭への門をのぞむ。

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 中庭方向へ。

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 市内を見下ろす中庭に面した、建物東面
 
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 正面から。

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 サンルームに面した特徴的なバルコニー。

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 日本家屋(居住)部分


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この記事へのコメント

2012年05月02日 16:23
まあ、新潟県に足を延ばされたのですか!
外国で見学しているような錯覚におちいりますね。
中が撮影禁止なのが残念ですが想像したりしています。
居住部分もそれなりに凝っていますね。
御本人が1度も接待出来なかったということは年齢がかなりだったのですか。
どなたの設計かと思ったら清水組だったのですね。
2012年05月06日 01:13
 tonaさん、こんにちは。

 実は、これは、昨年9月に新潟に行った時の記事です。昨年は、新潟や名古屋、大阪など、すばらしい建物をたくさん見たのですが、詳しい記事をほとんど書いていないので、今後も時間があれば、時々アップしていきたいと思っています。いつもながら、順番がごちゃごちゃで、わかりにくくて申し訳ありません。冒頭に追記しておきました。

 この新津邸、外国のどんな要人が来ても、決して恥ずかしくない建物だと思いました。特に内装が圧倒的だったので、写真等でお伝えできず、残念です。どこの国の人が来てもいいように、イギリス風、フランス風、ドイツ風、そして日本風、と部屋ごとに意匠をこらしているのもしゃれていました。

 新津氏は、それほど長生きはできずに、69歳で、病死してしまったそうです。
 私財のすべてを投げ打ってこの迎賓館と公会堂を作ったということは、もしかすると、ご自分の死期を悟ってのことだったのかもしれません。
 結局、新潟の誇りになるようなものを作りあげ、それを後世に託す形になってしまいましたが、その後すぐに戦争に突入してしまったのは、さらなる悲劇でした。
 でも、最終的に、このように当時のままの美しい姿で保存され、多くの人に感動を与え続けているのはすばらしいことだと思います。 

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